小坂仁さん~Innovation for NEW HOPEへの想い~

小坂仁さん~Innovation for NEW HOPEへの想い~

日本で最先端の治療法が一日でも早く、継続して届く社会の実現のために、発足したこのInnovation for NEW HOPEプロジェクト。6名の発起人に、現在の取り組まれていることと、それに至った背景についてお伺いするとともに、このプロジェクトにかける想いをお話いただきました。
今回は、自治医科大学小児科学教授、自治医大とちぎ子ども医療センター センター長 小坂仁さんです。
インタビュー実施日:2024年3月14日


Q. これまでの経歴と、現在取り組まれていることについてご紹介ください。

私は小児神経科の医師として、特に子供の神経の難病を専門として働いています。もともと障害児医療に興味を持ち、その道に進むことを決めました。そのうち、治すことが難しい病気が多くあることを知り、患者さんを診る臨床と並行して、診断や治療の研究に少しずつ取り組むようになりました。留学をきっかけに、難病の治療薬を開発することに情熱を持つようになり、研究者としての道を志しました。

3年間の留学生活を終えて再び日本に戻ろうと思ったときに、私の上司が大学の研究室を去ってしまったため、日本に帰る場所がなくなってしまいました。その時に、ある研究所に雇っていただき、そこで4年間基礎の研究に取り組みました。私が40歳のときです。

当時、実習に来ていた20代前半の学生さんたちが非常に優秀で、彼らに教える立場にありながら、自分の研究の手技・技術が追いつかないことを痛感しました。そして、再び小児病院に戻り、研究者と臨床のお医者さんとをつないで研究の成果を患者さんに届けるような仕事をしたいと考えるようになりました。

50歳のとき自治医科大学に移り、そこで遺伝子治療という新しい分野に出会い、非常に驚きました。特に印象深かったのは、ある患者さんの劇的な回復です。そこで出会った幼い患者さんはほとんど寝たきりの状態で、立った姿勢を取るとフラフラしてしまい、つかまり立ちをするのがやっとという様子でした。私としては、どんな形でも構わないから学校に行けるようにしてあげたいというのが当初の治療目標でした。診断がついて、治療を始めて、なんとか支援学校に通えるようにはなりました。薬の種類も、小分子といわれるものや、タンパク質を分解したもの、そして酵素製剤というタンパク質そのものを投薬するような新しい治療法と、様々なものを試しましたが、思ったような治療効果は得られませんでした。

その患者さんが遺伝子治療を受けられたのですが、治療を受けて、わずか3ヶ月後には病棟を歩くだけではなく、走り回ることができるようになり、普通の学校に転校することになりました。治療を受けて7年になりますが、今は自分で電車とバスを使って普通に中学校に通っています。このような遺伝子治療の劇的な効果を目の当たりにし、今までに出会った多くの患者さんの治療に光明を見出すことができました。それが今から10年くらい前になります。


Q. 今の医療課題についてどのように思われていますか?

現在、私はグルコースを脳に取り込めない患者さんの治療に取り組んでいます。日本には約100人の患者さんがいますが、彼らは脂肪が多く炭水化物(糖質)が少ない食事をするケトン食療法を行います。食事制限が非常に厳しく、ごはんもパンも食べられず日常生活に大きな支障をきたしています。「みんなと同じ給食を食べたい」「一度でいいから、ポテトチップスを食べてみたい」と、患者さんはいつも羨ましそうに言います。なかなかつらい治療のため、続けることができず、症状が悪化し発作を起こしてしまうということもよくあります。命に関わる病気ではありませんが、ふらふらして歩けない、知的にも発達が見込めないといったような患者さんの新たな治療法として、遺伝子治療の開発を進めています。

しかしながら、日本国内で開発を進めるには、病気の研究者が少ない、治療薬を創るコストが高いといった多くの課題があります。さらには開発のための治験を実施することが難しいだけではなく、海外で開発が進んだとしても、必ずしもその治療薬が日本で使えるようになるわけではないというドラッグ・ロスという問題が出てきました。日本の医療制度は非常に優れていますが、高額な治療薬の開発や導入にはいくつもの大きなハードルがあるため、日本での開発が行われないという問題です。

現在の日本でも、新規薬価が約1億円を超えた高額な治療薬を保険診療で受けることができます。この治療薬が高額になった理由は、根治の可能性がある遺伝子治療薬で、1回投与で長期間の有効性が確認され、患者さんの負担軽減が評価されたからです。最近では、さらに高額な治療薬が海外では複数承認されています。

しかしながら、日本では承認されていない治療薬もあり、その対象になり得る患者さんが受診されましたが、海外で超高額な治療を受けることもできず、症状は進行するばかりで、今では寝たきりの状態になってしまいました。

今のシステムのままでは、日本で治験を実施してもらえない、つまりは日本の患者さんは新たな治療薬が使えなくなってしまうかもしれません。


Q. Innovation for NEW HOPEには、どのような期待をしますか?

このままではまずいのではないか、このような現状を変えるにはどうすればいいのかと思っていた時に、Innovation for NEW HOPEというプロジェクトのお話をいただき、ぜひ参加したいと思いました。

このプロジェクトには、自分たちの将来に関わる問題として特に若い世代の人に参加してもらいたいと考えています。それは、医療を受ける側としての問題だけではありません。

私はこれまで優秀な理系の学生や研究者を身近に見てきましたが、医療の分野で働きたいという志を持った方は大勢いらっしゃいましたが、遺伝子治療といった創薬に関わる仕事に就けるのは、本当に優秀なごく一部の人に限られてしまっています。研究者になってもらいたいという学生が、希望の就職先に行き、研究者になれる社会を目指していきたいと思います。

医療や創薬は、我々にとって大事な保健に関わる分野であり、国力をつくっていく成長分野だと思うので、若い世代が活躍でき、それにより日本の産業が伸びて、新しい分野に投資ができる社会を実現していきたいです。

 

Q. Innovation for NEW HOPEに参加していただく、学生や若い世代の人たちへの期待やメッセージをお願いします。

これまで治療薬がない患者さんを診てきて、ようやくというか、奇跡的に巡り合ったような気持ちがしますが、遺伝子治療を患者さんに届けることを使命と考えて毎日を送っています。

先日私は病院ボランティアの方々との交流会に参加してきましたが、そこでは80歳や90歳になられた方が、この病院で命を救われたから、少しでもお役に立ちたいと大勢集まっていました。どんな立場でも、どんな年齢でもできることはあると思います。

特に若い人たちには、自分たちの将来を切り拓いてもらいたいですし、私自身も次の世代に良い日本を残すということを、この活動を通じて行っていきたいと思います。

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